概要
飼い主が死亡・入院・認知症などでペットの世話ができなくなった場合、ペットの行き先を生前に決めておく仕組みがいくつかある。
動物愛護管理法第7条第4項では、動物の所有者はできる限り終生飼養に努めることとされている。しかし飼い主の死亡後にペットの世話をする人がいない場合、最終的に自治体の動物愛護センターに引き取られることになる。環境省の統計によれば、令和5年度(2023年度)の犬猫の殺処分数は9,017頭(犬2,118頭・猫6,899頭)で、引き取り理由には飼い主の死亡・入院も含まれる。
ペットは法律上「物(動産)」として扱われるため、人間の後見制度のように直接ペットを受益者とすることはできない。そのため、信託や遺贈の仕組みを活用して、飼育費用と飼育の依頼を組み合わせる方法が取られている。
選択肢一覧
飼い主の死後・入院時にペットの世話を託す主な方法は以下のとおり。
| 方法 | 効力発生時期 | 費用の目安 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| ペット信託(民事信託) | 生前から可能 | 10万〜50万円(専門家報酬)+ 飼育費 | 入院・認知症にも対応。最も柔軟 |
| 負担付遺贈 | 死亡時 | 遺言書作成費用(公正証書の場合3万〜10万円) | 遺言書で指定。受遺者が放棄可能 |
| 負担付死因贈与 | 死亡時 | 契約書作成費用(公正証書の場合3万〜10万円) | 双方合意の契約。一方的撤回が困難 |
| 飼育費の生前贈与 + 飼育依頼 | 生前 | 飼育費の実費 | 法的拘束力が弱い |
| 自治体・NPOへの引き取り | 死亡後 | 自治体は数千円、NPOは数万〜数百万円 | 最終手段。新しい飼い主が見つからない場合も |
ペット信託の仕組み
ペット信託は、家族信託(民事信託)の一形態。信託法に基づき、以下の関係者で構成する。
| 関係者 | 役割 | 具体例 |
|---|---|---|
| 委託者 | 信託を設定する人 | 飼い主 |
| 受託者 | 信託財産を管理する人 | 信頼できる親族・友人 |
| 受益者 | 飼育費用の支出を受ける人 | 実際にペットを飼育する人(受託者と兼任可) |
| 信託監督人 | 飼育状況を監督する人(任意) | 第三者・専門家 |
メリット: 飼い主の生前(入院・認知症)にも効力を発揮する。飼育状況を監督する仕組みを組み込める。
注意点: ペットは法律上「物」のため、ペット自体を受益者にはできない。飼育を行う人を受益者として、飼育費用を信託財産から支出する形をとる。
負担付遺贈
遺言書に「ペットの飼育を条件として財産を遺贈する」と記載する方法。民法第1002条に基づき、受遺者は遺贈の目的価額を超えない限度で負担義務を履行する。
メリット: 遺言書の作成だけで済むため手続きが比較的簡単。
注意点: 受遺者には放棄する権利がある(民法第986条)。また、飼育義務の履行を強制する仕組みが弱い。受遺者が義務を履行しない場合は、相続人が家庭裁判所に遺言の取消しを請求できる(民法第1027条)。
負担付死因贈与
飼い主(贈与者)と飼育を引き受ける人(受贈者)が生前に契約を結ぶ方法。飼い主の死亡により効力が発生する(民法第554条)。
メリット: 双方合意の契約のため、受贈者に事前に飼育の意思を確認できる。遺贈と異なり一方的な撤回が困難。
注意点: 死亡後にのみ効力が発生するため、入院・認知症には対応できない。
費用の相場
ペット信託の費用
| 項目 | 費用の目安 |
|---|---|
| 専門家(司法書士・行政書士)への信託契約書作成報酬 | 10万〜30万円 |
| 公正証書の作成手数料(信託財産額に応じて) | 5,000〜49,000円 |
| 信託監督人の報酬(設置する場合) | 年数万円程度 |
| 信託財産(ペットの飼育費) | 飼育費 × 残りの寿命年数 |
ペットの飼育費の目安
| ペットの種類 | 年間の飼育費目安 |
|---|---|
| 犬(小型) | 10万〜15万円 |
| 犬(中〜大型) | 15万〜30万円 |
| 猫 | 7万〜12万円 |
※ 飼育費には食費・医療費・トリミング代・ペット保険料等を含む。高齢のペットは医療費が増加する傾向がある。
遺言書作成の費用
負担付遺贈の場合、遺言書の作成費用がかかる。詳細は遺言書の種類と書き方を参照。
| 方法 | 費用 |
|---|---|
| 自筆証書遺言 | 0円(法務局保管は3,900円) |
| 公正証書遺言 | 3万〜10万円(遺産額による) |
手続きの流れ
ペット信託の場合
Step 1: 飼育を引き受ける人を探す
親族・友人の中から、ペットの飼育を引き受けてくれる人を探す。複数の候補を確保しておくことが望ましい。
Step 2: 専門家に相談する
ペット信託に対応できる司法書士・行政書士に相談する。信託の設計(信託財産の額、信託期間、飼育条件など)を検討する。
Step 3: 信託契約書を作成する
信託契約書を作成する。公正証書にすることで法的効力を高められる。主な記載事項は以下のとおり。
- 信託の目的(ペットの飼育)
- 信託財産の内容と金額
- 受託者・受益者の指定
- 飼育条件(食事、医療、生活環境など)
- 信託の終了事由(ペットの死亡等)
- 信託監督人の有無と権限
- 残余財産の帰属先
Step 4: 信託財産を移転する
飼育費用として計算した金額を、信託口座に移転する。
Step 5: エンディングノートに記載する
ペットの情報(種類、名前、かかりつけ動物病院、持病、食事の内容等)をエンディングノートに記載しておく。
負担付遺贈・負担付死因贈与の場合
- 飼育を引き受ける人と事前に相談する
- 遺言書または死因贈与契約書を作成する(公正証書が推奨)
- 飼育費用分の財産を確保しておく
- エンディングノートにペットの情報を記載する
自治体の支援制度
ペット信託に対する自治体の補助金・支援制度はない。
自治体の動物愛護センターによる引き取り
飼い主の死亡後、引き受け手が見つからない場合は、動物愛護管理法第35条に基づき自治体の動物愛護センターに引き取りを依頼できる。
- 引取り手数料は自治体によるが、1頭あたり数千円程度
- 引き取られた動物は新しい飼い主への譲渡が試みられるが、見つからない場合は殺処分の可能性がある
- 終生飼養の原則に反する安易な引取りは拒否されることがある
民間のペット引き取りサービス
NPO法人や民間団体がペットの引き取り・飼育サービスを提供している場合がある。費用は団体により大きく異なり、年間数十万円〜数百万円の場合もある。契約前に以下を確認する。
- 飼育環境の実態
- 飼育費用の内訳と支払い方法
- 契約解除の条件
- 団体の運営実績と信頼性
※ 消費者庁は身元保証等高齢者サポート事業について注意喚起を行っている。ペット関連サービスでも同様に、契約内容を慎重に確認することが重要。
注意点・よくあるトラブル
- 口約束だけでは不十分: 「飼ってほしい」と口頭で頼んだだけでは法的拘束力がない。必ず書面(信託契約書、遺言書、死因贈与契約書)を作成する
- 飼育費用の見積もり不足: ペットの寿命を短く見積もると、途中で飼育費用が不足する。医療費の増加も考慮して余裕をもった金額を設定する
- 引き受け手の変心: 時間が経つと引き受け手の状況が変わることがある。複数の候補を確保し、信託契約には代替の受託者を定めておく
- ペットの遺棄は犯罪: 動物愛護管理法第44条により、愛護動物の遺棄は1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金
- 死後事務委任契約との組み合わせ: おひとりさまの場合、死後事務委任契約にペットの引き渡しを委任事項として含めておくと安心
調べてみて気づいたこと
ペットの法的な位置づけは「動物(物)」であり、相続財産としてペット自体を「誰かに遺贈する」ことはできるが、ペットが財産を受け取ることはできない。このため、「ペットにお金を残す」には信託や負担付遺贈といった間接的な仕組みが必要になる。
ペット信託の利用はまだ少なく、専門的に扱う事業者も限られている。費用も30万〜100万円と高額で、飼育費用の預託金も別途必要。ペットの種類と想定寿命によっては、預託金だけで数百万円になるケースもある。犬や猫は15年前後だが、大型のオウムなどは50年以上生きる場合があり、飼育費用の見積もりが難しい。
より簡易な方法として「負担付遺贈」(ペットの世話を条件に財産を遺贈する)があるが、受遺者が負担を履行しなかった場合の担保が弱いという課題がある。
出典・公式情報リンク
出典: 環境省「動物の愛護及び管理に関する法律」(2026年4月閲覧)
出典: 環境省「犬・猫の引取り及び負傷動物等の収容並びに処分の状況」(2026年4月閲覧)
出典: e-Gov法令検索「動物の愛護及び管理に関する法律」(2026年4月閲覧)
出典: e-Gov法令検索「信託法」(2026年4月閲覧)
出典: 日本公証人連合会「公証人手数料」(2026年4月閲覧)
調査カード
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 調査日 | 2026年4月3日 |
| 調査範囲 | ペット信託・負担付遺贈・負担付死因贈与の仕組みと費用、動物愛護管理法、自治体の引き取り制度 |
| 主な情報源 | 環境省、e-Gov法令検索(信託法・動物愛護管理法)、日本公証人連合会 |
| 未調査項目 | ペット信託の実際の契約事例・判例、各自治体のペット引き取り費用の比較、ペット保険と信託の組み合わせ |