概要
遺言書は、自分の財産を誰にどのように引き継ぐかを記した法的文書。民法に定められた方式に従って作成する必要がある。満15歳に達した者は遺言をすることができる(民法第961条)。
遺言書がない場合、遺産は法定相続分に従うか、相続人全員による遺産分割協議で分け方を決める。相続の基本的な流れは相続の基本手続きを参照。
遺言書の方式には「普通方式」と「特別方式」がある。2026年8月1日現在、一般的に利用される普通方式は3種類(自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言)で、本記事ではこの3種類を解説する。
2026年6月に公布された民法等改正法では、電子記録等を法務局で保管する「保管証書遺言」の新設、複数の遺言方式における押印要件の見直しなどが盛り込まれた。ただし、押印の任意化等は公布から1年以内、システム改修を要する保管証書遺言の創設等は公布から3年以内の政令指定日に施行され、2026年8月1日時点ではいずれも未施行。以下は施行前の現行制度である。
選択肢一覧
| 項目 | 自筆証書遺言 | 公正証書遺言 | 秘密証書遺言 |
|---|---|---|---|
| 作成方法 | 本人が全文を自筆(財産目録はPC可) | 公証人が本人の口述をもとに作成 | 本人が作成し封印、公証人に提出 |
| 証人 | 不要 | 2人以上 | 2人以上 |
| 費用 | 無料(法務局保管制度は3,900円) | 公証人手数料(目的価額・相続人等の数による) | 13,000円 |
| 検認 | 必要(法務局保管の場合は不要) | 不要 | 必要 |
| 保管 | 自宅等(法務局保管制度あり) | 原本は公証役場で保管 | 自宅等 |
| 紛失・改ざんリスク | あり(法務局保管で解消) | なし | あり |
| 秘密性 | 内容・存在とも秘密にできる | 公証人・証人に内容が知られる | 内容は秘密、存在は公証人が証明 |
利用状況としては、公正証書遺言の作成件数が多く、日本公証人連合会によると年間10万件以上が作成されている。自筆証書遺言書保管制度は2020年7月の開始以降、利用件数が増加傾向にある。
費用の相場
自筆証書遺言の費用
| 項目 | 費用 |
|---|---|
| 遺言書の作成 | 無料(自分で作成) |
| 法務局の保管制度(申請手数料) | 3,900円 |
公正証書遺言の費用
公証人手数料は「公証人手数料令」に基づき、遺言に記載する財産の目的価額によって段階的に定められている。以下は2025年10月1日施行の現行額。
| 目的の価額 | 手数料 |
|---|---|
| 50万円以下 | 3,000円 |
| 50万円超〜100万円以下 | 5,000円 |
| 100万円超〜200万円以下 | 7,000円 |
| 200万円超〜500万円以下 | 13,000円 |
| 500万円超〜1,000万円以下 | 20,000円 |
| 1,000万円超〜3,000万円以下 | 26,000円 |
| 3,000万円超〜5,000万円以下 | 33,000円 |
| 5,000万円超〜1億円以下 | 49,000円 |
| 1億円超〜3億円以下 | 49,000円 + 超過5,000万円までごとに15,000円 |
| 3億円超〜10億円以下 | 109,000円 + 超過5,000万円までごとに13,000円 |
| 10億円超 | 291,000円 + 超過5,000万円までごとに9,000円 |
上記は相続人・受遺者ごとの目的価額に対する手数料で、複数人に財産を遺す場合はそれぞれ計算して合算する。また、遺言書全体の目的価額が1億円以下の場合は「遺言加算」13,000円が加わる。紙の正本・謄本や電磁的記録の交付、出張には別途手数料・旅費等がかかる。
秘密証書遺言の費用
| 項目 | 費用 |
|---|---|
| 公証人手数料 | 13,000円 |
専門家に作成支援を依頼する場合
弁護士・司法書士・行政書士の報酬に全国一律の公定価格はない。財産調査、文案作成、証人手配、遺言執行までのどこを依頼するかで変わるため、実費と報酬、追加業務の条件を分けた個別見積もりを確認する。
検認手続きの費用
| 項目 | 費用 |
|---|---|
| 収入印紙(遺言書1通につき) | 800円 |
| 連絡用郵便切手 | 各家庭裁判所が定める額 |
手続きの流れ
自筆証書遺言の書き方
民法第968条に定められた要件を満たす必要がある。
- 全文を自筆で書く: ワープロ・パソコンは不可。ただし2019年の民法改正により、財産目録のみパソコンでの作成や通帳のコピーの添付が認められた(各ページに署名・押印が必要)
- 日付を記入: 年月日を正確に自筆で記入する。「2026年3月吉日」のような記載は無効
- 氏名を自筆で記入
- 押印する: 実印が望ましいが、認印でも有効。拇印も判例上有効とされている
- 訂正がある場合: 訂正箇所を指示し、変更した旨を付記して署名し、訂正箇所に押印する(民法第968条第3項)。方式を誤ると訂正が無効となるため、書き直すほうが確実
法務局の自筆証書遺言書保管制度
2020年7月10日に開始された制度。法務局が遺言書の原本を保管し、画像データも記録する。
- 遺言書を作成: 法務省令で定める様式(A4片面、上下左右に余白確保)に従って作成する
- 管轄の遺言書保管所を確認: 遺言者の住所地・本籍地・所有不動産の所在地のいずれかを管轄する法務局(遺言書保管所)
- 予約する: 法務局の予約システムで来庁日時を予約する
- 本人が出頭: 遺言者本人が法務局に出向く(代理不可)
- 必要書類を提出:
| 必要書類 | 備考 |
|---|---|
| 遺言書 | 法務省令の様式に従ったもの |
| 申請書 | 法務局のWebサイトからダウンロード可 |
| 本人確認書類 | 顔写真付きの官公署発行の身分証明書(マイナンバーカード、運転免許証等) |
| 住民票の写し | 作成後3か月以内のもの |
| 手数料 | 3,900円(収入印紙) |
- 保管証を受領: 保管番号が記載された保管証を受け取る。この番号を家族に伝えておくことが重要
この制度を利用した場合、遺言書の検認は不要となる。
公正証書遺言の作成手続き
- 公証役場に連絡: 最寄りの公証役場に電話等で相談・予約する
- 必要書類を準備:
| 必要書類 | 備考 |
|---|---|
| 遺言者の印鑑証明書 | 発行後3か月以内 |
| 遺言者と相続人の関係がわかる戸籍謄本 | — |
| 受遺者の住民票(相続人以外に遺贈する場合) | — |
| 財産を特定する資料 | 不動産登記事項証明書、固定資産税評価証明書、預貯金通帳の写し等 |
| 証人2人 | 推定相続人・受遺者とその配偶者・直系血族は証人になれない |
- 公証人と打合せ: 遺言内容を伝え、公証人が文案を作成する
- 作成手続きに参加: 原則は遺言者と証人2人が公証人の面前で行う。遺言者の申出があり、公証人が本人確認・真意・判断能力の確認を適切にできると認めた場合は、ウェブ会議方式を利用できることがある。遺言は本人意思の確認が重要なため、利用可否は慎重に判断される
- 口授・読み聞かせ: 遺言者が趣旨を口授し、公証人が作成内容を遺言者と証人に読み聞かせ、または閲覧させる
- 電子サイン等: 2025年10月1日以後、公正証書は原則としてPDF形式の電磁的記録で作成され、列席者が電子サインをし、公証人が電子サイン・電子署名を付す。電磁的記録での作成が困難な法定事由がある場合は紙で作成する
- 原本を保存: 電子原本は日本公証人連合会のシステムで保存され、紙または電磁的記録の正本・謄本等を請求できる
検認手続き
自筆証書遺言(法務局保管を除く)と秘密証書遺言は、家庭裁判所での検認が必要。
- 家庭裁判所に申立て: 遺言書の保管者または発見した相続人が、遺言者の最後の住所地の家庭裁判所に申し立てる
- 必要書類: 申立書、遺言者の出生から死亡までの戸籍謄本一式、相続人全員の戸籍謄本、収入印紙800円、連絡用郵便切手
- 検認期日の通知: 家庭裁判所から相続人全員に検認期日が通知される
- 検認の実施: 申立人と出席した相続人の立会いのもと、裁判官が遺言書を開封・確認する。相続人の出席は任意
- 検認済証明書の取得: 検認後、遺言書に検認済証明書を付してもらう(手数料150円)
検認は遺言書の偽造・変造を防止するための手続きであり、遺言の有効・無効を判断するものではない。
自治体の支援制度
遺言書の作成そのものに対する自治体の補助金制度は一般的にない。ただし、以下の無料相談窓口が活用できる。
- 自治体の無料法律相談: 多くの市区町村で弁護士による無料法律相談(予約制・30分程度)を実施しており、遺言に関する相談も対象
- 法テラス(日本司法支援センター): 収入・資産が一定以下の方を対象に、弁護士・司法書士費用の立替制度を提供
- 各地の弁護士会・司法書士会の無料相談: 定期的に遺言・相続に関する無料相談会を実施している
注意点・よくあるトラブル
- 自筆証書遺言の形式不備: 日付の記載漏れ、押印の漏れ、訂正方法の不備などにより遺言が無効となるケースがある。作成後に専門家のチェックを受ける、または法務局の保管制度を利用する(形式面の確認が行われる)ことでリスクを軽減できる
- 検認をせずに開封した場合: 家庭裁判所の検認を経ずに遺言書を開封した者には5万円以下の過料が科される可能性がある(民法第1005条)。ただし、開封しても遺言自体が無効になるわけではない
- 遺留分の侵害: 遺言で特定の相続人に全財産を遺すことは可能だが、他の相続人には遺留分(法定相続分の1/2。直系尊属のみの場合は1/3)が保障されている。遺留分を侵害された相続人は「遺留分侵害額請求」ができる(民法第1046条)。請求権の行使期限は、相続の開始および遺留分の侵害を知った時から1年、または相続開始から10年
- 認知症と遺言能力: 遺言作成時に遺言能力(遺言の内容を理解し判断する能力)が必要。認知症が進行した後に作成した遺言は、遺言能力がなかったとして無効を争われる可能性がある。判断能力低下後の財産管理には成年後見制度や家族信託という選択肢がある
- 遺言書の撤回: 遺言者はいつでも遺言を撤回できる(民法第1022条)。新しい遺言を作成した場合、前の遺言と抵触する部分は新しい遺言が優先する
- 証人の不適格: 公正証書遺言の証人には、未成年者、推定相続人・受遺者とその配偶者・直系血族は就くことができない(民法第974条)。不適格者が証人となった場合、遺言が無効となる
海外との比較では、フランスの「réserve héréditaire(遺留分)」制度が注目される。子が3人以上いる場合、自由に処分できるのは遺産の1/4のみであり、日本より遺言の自由度が大幅に制限されている(→ フランスの葬儀・埋葬・相続制度)。
調べてみて気づいたこと
遺言書の3形式(自筆証書・公正証書・秘密証書)のうち、秘密証書遺言はほとんど使われていない。公証人の手数料が自筆と公正証書の中間にかかるうえ、メリットが薄く、実務上は「自筆か公正証書の二択」と考えてよい。
2020年7月に始まった法務局の自筆証書遺言保管制度は、自筆証書遺言の紛失・改ざんリスクを抑え、検認も不要にする。死亡後の通知は一律に自動送付されるものではない。遺言者が希望して指定した最大3人への「指定者通知」は死亡確認後に行われ、「関係遺言書保管通知」は相続人等の一人が証明書交付や閲覧を請求した後に関係相続人等へ行われる。また、法務局は遺言内容の法的有効性までは審査しない。
公正証書遺言の手数料は、遺産総額だけでなく相続人・受遺者ごとの目的価額で計算する。例えば1億円を1人に相続させる場合、基本手数料49,000円に遺言加算13,000円が加わり、交付手数料等を除いて62,000円となる。複数人に分ける場合は各人分を合算するため、単純な「遺産総額別の相場」では判断できない。
出典・公式情報リンク
- 出典: 法務省「自筆証書遺言書保管制度」(2026年8月閲覧)
- 出典: 法務省「遺言書保管所からの通知」(2026年8月閲覧)
- 出典: 日本公証人連合会「遺言」(2026年8月閲覧)
- 出典: 日本公証人連合会「公正証書のデジタル化」(2026年8月閲覧)
- 出典: 日本公証人連合会「手数料」(2026年8月閲覧)
- 出典: 裁判所「遺言書の検認」(2026年8月閲覧)
- 出典: 法務省「民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)について」(2026年8月閲覧)
- 出典: e-Gov法令検索「民法」(2026年8月閲覧)
- 出典: e-Gov法令検索「公証人手数料令」(2026年8月閲覧)
調査カード
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 調査日 | 2026-08-01 |
| 調査範囲 | 現行の遺言書3種類(自筆証書・公正証書・秘密証書)、2025年10月改定の公証人手数料、公正証書デジタル化、法務局保管制度、検認、2026年公布・未施行の遺言制度改正 |
| 主な情報源 | 法務省、法務局、日本公証人連合会、裁判所、e-Gov法令検索 |
| 未調査項目 | 在外邦人の遺言手続き、遺言信託(信託銀行)の費用、特別方式の遺言(危急時遺言等) |