概要
相続が開始すると、相続人は被相続人の財産(プラスの資産)だけでなく、借金などの負債(マイナスの資産)もすべて引き継ぐのが原則(単純承認)。しかし、負債が多い場合や相続に関わりたくない場合に、相続放棄や限定承認という選択肢がある。
いずれも、相続の開始があったことを知った時から3か月以内(熟慮期間)に家庭裁判所に申述する必要がある(民法第915条)。この期間内に何もしなければ、単純承認したものとみなされる。
相続手続き全体の流れは相続の基本手続きを参照。相続税の計算については相続税の計算方法と節税対策を参照。
選択肢一覧
3つの選択肢の比較
| 単純承認 | 相続放棄 | 限定承認 | |
|---|---|---|---|
| 内容 | 財産も負債もすべて引き継ぐ | 財産も負債もすべて放棄する | 相続財産の範囲内で負債を引き継ぐ |
| 申述先 | 不要(自動) | 家庭裁判所 | 家庭裁判所 |
| 期限 | — | 3か月以内 | 3か月以内 |
| 申述者 | — | 各相続人が単独で可能 | 相続人全員が共同で行う |
| 費用(実費) | 0円 | 800円+切手代 | 800円+切手代 |
| 適している場合 | 明らかに資産が負債を上回る | 明らかに負債が資産を上回る、または相続に関わりたくない | 負債の全容が不明で資産超過か債務超過かわからない |
相続放棄とは
相続放棄をすると、その相続に関して最初から相続人でなかったものとみなされる(民法第939条)。プラスの財産を一切受け取れない代わりに、負債を負うこともない。
- 各相続人が単独で行える
- 相続放棄をした者の子への代襲相続は発生しない
- ただし、相続放棄により次の順位の相続人に相続権が移る(例: 子が全員放棄すると父母へ、父母も放棄すると兄弟姉妹へ)
限定承認とは
限定承認は、相続によって得た財産の範囲内でのみ被相続人の負債を弁済するという条件付きの承認(民法第922条)。
- 相続人が複数いる場合、全員が共同で行わなければならない(民法第923条)
- 1人でも反対する相続人がいると利用できない(反対者が相続放棄すれば残りの相続人で可能)
- 裁判所が相続財産管理人を選任し、清算手続きが行われる
- 実務上の利用件数は少ない(最高裁判所「司法統計年報」による)
費用の相場
自分で手続きする場合
| 項目 | 費用 | 備考 |
|---|---|---|
| 収入印紙 | 800円 | 申述1件につき |
| 連絡用郵便切手 | 数百円〜数千円 | 家庭裁判所ごとに異なる |
| 被相続人の戸籍謄本 | 450円/通 | 出生から死亡までの連続した戸籍が必要 |
| 除籍謄本・改製原戸籍 | 750円/通 | 転籍がある場合は複数の役所から取得 |
| 被相続人の住民票除票 | 300円程度/通 | 自治体により異なる |
| 申述人の戸籍謄本 | 450円/通 | — |
| 合計(目安) | 3,000〜5,000円程度 | 戸籍の通数による |
専門家に依頼する場合
| 依頼先 | 費用の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 司法書士 | 3万〜5万円程度 | 書類作成・申述手続きの代行 |
| 弁護士 | 5万〜15万円程度 | 書類作成・申述手続き・債権者対応 |
上記は相続放棄1人分の目安。複数人が同時に手続きする場合は割引されることもある。限定承認は清算手続きが伴うため、弁護士費用が10万〜30万円程度と高くなる傾向がある。
手続きの流れ
相続放棄の申述手続き
- 遺産の調査: 被相続人の財産(預貯金・不動産・有価証券等)と負債(借金・保証債務等)を調べる
- 必要書類の収集: 被相続人の戸籍謄本一式、申述人の戸籍謄本を取得する
- 相続放棄申述書の作成: 裁判所のウェブサイトから書式をダウンロードして記入する
- 家庭裁判所への提出: 被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に提出する。収入印紙800円を添付
- 照会書への回答: 裁判所から照会書(質問書)が届く。放棄の意思が真意であるか確認する内容
- 受理通知書の受領: 申述が受理されると「相続放棄申述受理通知書」が届く
- 受理証明書の取得: 必要に応じて「相続放棄申述受理証明書」を請求する(1通150円)。債権者への提示用
限定承認の申述手続き
- 相続人全員の合意: 限定承認は相続人全員で行う必要がある。合意できない相続人は先に相続放棄する
- 家庭裁判所への申述: 相続放棄と同じく3か月以内に申述する
- 相続財産管理人の選任: 裁判所が相続人の中から相続財産管理人を選任する
- 債権者への公告・催告: 官報公告(2か月以上)と知れたる債権者への個別催告を行う
- 清算手続き: 相続財産から負債を弁済し、残余があれば相続人に分配する
必要書類一覧
| 書類 | 相続放棄 | 限定承認 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 相続放棄(限定承認)申述書 | ○ | ○ | 裁判所ウェブサイトで書式を入手 |
| 被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本 | ○ | ○ | — |
| 被相続人の住民票除票 | ○ | ○ | — |
| 申述人の戸籍謄本 | ○ | ○ | — |
| 被相続人の出生〜死亡の戸籍一式 | — | ○ | 限定承認は全相続人の確認が必要 |
| 収入印紙 | 800円 | 800円 | 申述人1人につき |
| 連絡用郵便切手 | 要 | 要 | 金額は管轄の家庭裁判所に確認 |
| 財産目録 | — | ○ | 限定承認の場合に必要 |
※ 申述人と被相続人の関係(子・父母・兄弟姉妹等)によって追加の戸籍謄本が必要になる場合がある。詳細は管轄の家庭裁判所に確認する。
自治体の支援制度
相続放棄・限定承認そのものに対する自治体の補助金制度はない。ただし、以下の無料相談が利用できる。
- 自治体の無料法律相談: 多くの市区町村が弁護士による無料法律相談(予約制・30分程度)を実施している。相続放棄の要否の判断についても相談可能
- 法テラス(日本司法支援センター): 収入・資産が一定以下の方を対象に、弁護士・司法書士費用の立替制度がある
- 家庭裁判所の手続案内: 家庭裁判所では申述手続きについて一般的な案内を受けられる(ただし個別の法律相談は不可)
注意点・よくあるトラブル
- 3か月の熟慮期間の経過: 期間を過ぎると原則として相続放棄できない。ただし、相続財産が全くないと信じていた場合に、後から負債が判明したケースでは、判例上、知った時から3か月と解される場合がある。判断に時間がかかる場合は、期間内に家庭裁判所に「期間伸長の申立て」をする(民法第915条第1項ただし書)
- 単純承認とみなされる行為: 相続財産の全部または一部を処分した場合(民法第921条第1号)、単純承認とみなされ、相続放棄ができなくなる。例: 故人の預金を自分のために引き出した、故人の不動産を売却した等。ただし、葬儀費用を故人の預金から支払うことは、社会的に相当な範囲であれば処分に当たらないとされた判例がある
- 次順位相続人への影響: 子が全員相続放棄すると、父母(第2順位)に相続権が移る。父母も放棄すると兄弟姉妹(第3順位)へ。負債がある場合は次順位の相続人にも相続放棄の必要性を伝える
- 限定承認のハードル: 相続人全員の合意が必要で、清算手続きに手間と費用がかかるため、実務上は相続放棄を選ぶケースが多い
- 相続放棄後の管理義務: 2023年4月の民法改正により、相続放棄をした者でも、放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人または相続財産清算人に引き渡すまで、自己の財産と同一の注意をもって保存する義務がある(民法第940条)。相続放棄以外の不動産の処分方法については「実家じまい・空き家の費用と手続き」を参照
- 生命保険金との関係: 死亡保険金の受取人が指定されている場合、保険金は受取人固有の財産であり相続財産に含まれない。相続放棄をしても受け取ることができる。ただし相続税法上はみなし相続財産として課税される。生命保険・医療保険の手続きを参照
※ この記事は法的助言ではありません。具体的な手続きや判断については弁護士・司法書士にご相談ください。
調べてみて気づいたこと
相続放棄の「3か月以内」という期限は、「相続の開始があったことを知った時から」起算される。被相続人の死亡日からではなく、死亡を知った日から。遠方に住んでいて死亡の連絡が遅れた場合などは、起算点がずれる可能性がある。
調べて意外だったのは、相続放棄をしても管理義務が残る場合があるという点。2023年の民法改正(第940条)で、相続放棄者が現に占有している財産については、次順位の相続人等に引き渡すまで管理義務を負うことが明確化された。特に空き家を所有していた被相続人の相続放棄では、「放棄したのに管理責任が残る」という状況が生じうる。
限定承認は「プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を引き受ける」合理的な制度だが、相続人全員で共同して行う必要があるため、実務上のハードルが高く、利用件数は年間数百件にとどまっている。
出典・公式情報リンク
- 出典: 裁判所「相続の放棄の申述」(2026年3月閲覧)
- 出典: 裁判所「相続の限定承認の申述」(2026年3月閲覧)
- 出典: 裁判所「相続の承認又は放棄の期間の伸長」(2026年3月閲覧)
- 出典: 法務省「相続についてのルールが改正されました」(2026年3月閲覧)
- 出典: e-Gov法令検索「民法」(第915条〜第940条 相続の承認及び放棄)(2026年3月閲覧)
- 出典: 法テラス「相続」(2026年3月閲覧)
調査カード
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 調査日 | 2026-03-26 |
| 調査範囲 | 相続放棄・限定承認の手続き・費用・期限・注意点 |
| 主な情報源 | 裁判所、法務省、e-Gov法令検索、法テラス |
| 未調査項目 | 相続放棄に関する判例の詳細分析、限定承認の清算手続きの実務的な所要期間、再転相続における相続放棄の取扱い |